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1903年、ビアトリクスはフレデリック・ウォーン社と共同で『りすのナトキンのおはなし』と『グロースターの仕たて屋』の2冊の絵本を出版します。ポターは出版の打ち合わせのため、ロンドンのコベントガーデンにある出版社を定期的に訪れるようになりました。編集を担当したのは、主に故フレデリック・ウォーンの末息子であるノーマン・ウォーンでした。
ノーマンはウォーン家でただひとりの独身者で、甥や姪にとってはやさしい叔父でもありました。ノーマンとビアトリクスが親しくなると、ビアトリクスは客としてウォーン家に温かく迎えられるようになりました。ノーマンが結婚申し入れの手紙をビアトリクスに送ると、ビアトリクスはとても喜び、両親の反対にもかかわらず、プロポーズを承諾しました。
しかし、ノーマンはリンパ性白血病のために婚約後数週間で急逝し、この結婚は夢と消えました。ビアトリクスは茫然自失に陥ります。ノーマンの妹ミリーに宛てた手紙で、ビアトリクスは次のように書いています。「彼は長生きではありませんでしたが、有意義で幸せな生涯をまっとうしました。私は来年から、新しい出発を試みなければなりません。」
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